+++ #02 アメリカで生活をするということ +++
はぁーー。 もう嫌だ。 日本に帰りたい。
ほんとうに稀だけど、時々こう思うことがある。
会社のランチタイムに買い物をしようとショッピングセンターへ行った。
そして、駐車スペースに私が車を止めようとしている最中に、左隣に駐車していた車が車を出そうとバックしながら私の方へ車を寄せてきて、クラクションを押したところ既に遅く、相手の右前のバンパーと、私の左前のバンパーがぶつかってしまったのだ。
・・・とここまでならよい。 事故が起ったことは仕様がないのだから。
ホンダのAcuraから出てきた私と同い年くらいの白人女性は、何も言わず私の車を眺めているだけ。
おーまーえーのーせーだろーーーと内心思いながらも、「あの、私、駐車場で車をぶつけられたの初めてなんだけど、これからどう対応すればいいの?」と丁寧に聞くと、「お互いの保険会社の情報を交換すればいいだけよ。 マイナーな事故なので警察を呼ぶのはやめましょう」と冷たく言いはなち、さっさと自分の車へ保険証書を取りに行ってしまった彼女。
その時点でムカッときたのだけれど、とりあえずジョナサンに電話を入れた私。 自分が正しい行動をしているか確認するためにーー。
「もしもし、私。 ごめんね、仕事中に。 実は駐車場で車をぶつけちゃったんだけど。。。」と説明している最中に、車の外から「Excuse me!!」と大きな声が。
外を見ると完全にいらだった様子の彼女。 なんでそんなに怒っているのかわからないながらも、彼と一旦電話を切って外に出ると、「ほらっ、これが私の保険証明ね、でこれが運転免許証。 名前を一致しているし、住所も一致しているでしょう? ほら、あなたの保険証明を頂戴っ!!」といきなりまくしたてられた。
アメリカではお互いが納得のいくような小さな事故の場合は、警察を呼ばずに保険の情報だけを交換して、あとはお互いの保険会社で処理をしてもらうことも多い。
でも何かがおかしい。 駐車場はPrivate Propertyなので警察が介入してくれないのは聞いたことがある。 だけどこの場合、お互いの非は誰がどうやって判断するのだろう?
この事故、どう考えても私に非はないような気がする。 私が車を入れようとした時点で彼女の車は動いていなかったから。
それを証拠にぶつかったのは前のバンパー同士。
駐車場のガードマンでも、誰でもいい。 誰かが立会人となってくれて、どうやって事故が起きたのかというレポートを出してもらわないと、ここで引き下がったら、五分五分で処理されてしまうのではないかーー。
彼女にその事を言及すると、「だーかーらー。それはお互いの保険会社に任せればいいのよっ。私たちがどうこうすることじゃないわっ。」と、また怒鳴られる。
納得いかない私が「でもお互いが嘘の証言をしたらどうなるの?」と食い下がると、「そんなの知らないわよ!!私急いでるんだから早くしてよねっ!」とあくまで怒鳴り口調で言う彼女。
「そーれーかーらー、彼氏だかなんだか知らないけど、男に電話するのはやめなさいよね。 アナタが電話すべきなのは保険会社よっ」と”YOU”をことさら強調して怒鳴る。
『そんな個人的なことあんたに言われる筋合いはないわよーーー!』と内心かなり怒っていたが、それでも私は彼女の言うことに何か納得がいかず、何か保険情報を渡すのをためらっていたら、しびれをきらしたのか「ほらっ、私は保険情報を渡したわよ。それじゃねっ!さよなら!」と保険の紙を私の車に投げ入れ、自分の車に乗り込み立ち去ろうするではないかーー。
ムーーーカーーーー!!
その時点で私の怒りは頂点に達してしまった。
状況から言って、私が悪いようなわけではないと思う。 私が車を駐車スペースに入れる時点で彼女が車を出していなかったのは確かなのだから。
私がスピードをあげて車を乗り入れていないことも確かで、その証拠に、お互いの車の傷はほんのわずか。
それなのにどーして、彼女は『私は悪くないのに、あー面倒くさいー』みたいなオーラをバンバンだしながら私に怒鳴りちらすのだろう?
彼女はああいう態度を誰にでも取るのだろうか?
もしかして私がアジア人で、外国人だからーー?
彼女が去り際に車を停めて、窓越しに「早くあなたの保険情報を渡しなさいよっ!」と言って来た。
私が「私は何も納得していない。 お互いに何らかの同意があるまで渡さない」と冷静だが怒りを込めながら言うと、「だったらーー、保険会社に電話してみないさいよっ」とさらに怒鳴る彼女。
わかったわよ!かければいいんでしょう!、と車に乗り込んで電話をかけている最中に、なんと運悪く携帯の電源が切れてしまった。 トホホ
私は彼女の保険証と私の保険証を握り締めて、車を出ると目の前にあるレストランへ向かった。 電話を借りるためだ。
レストランに向かう最中は自分に必死で言い聞かせていた。 負けるんじゃない、負けるんじゃない、と。
レストランに入ってお店の人に声をかけると「事故にあったのでしょう。電話が必要?」と思いがけず優しい言葉。
その言葉に力づけられて、保険会社に電話を入れると、やはりお互いの同意がない場合は警察に連絡した方がいいということ。
それからジョナサンにもう一度電話を入れて、状況を簡単に説明してから、警察に電話をした。
110のアメリカ番は911。だけどこの場合緊急ではないので311に電話をかける。
すると、出てくれた警察の人は駐車場は私有地なのでポリスレポートは出せないけれど、一応こちらに来てくれるという。
話している間にその彼女がお店の中に入ってきたらしく、気づいたときは私の目の前で警察とのやり取りを聞いていた。
その時、警察から目撃者はいるか、というようなことを聞かれたので、実際はよくわからなかったのだけど、レストランの定員が見ていたみたい。 彼女に頼んだら目撃証言をしてくれると思う、と言っておいた。
それを聞いていた彼女は、私が『Her』と言ったからか、レストランの中を見渡して女性の定員を探していたような気がする。
電話を切ると、彼女が手に私の車の車種やナンバーをメモしたものを取り出して、私の保険情報を教えろと言って来た。
私は思いっきり戦闘態勢に入っていたのだけれど、あくまでも冷静に、「お互い何らかの同意があるまでは渡さない」と言うと、「もう逃げたりしないから!」とまわりのお客さんが振り向くほど大きな声で叫び、それからまるで英語の理解できない外国人か小さな子供にでも言い聞かすように、"I am telling you I am not gonna leave"とことさらゆっくり言う彼女。
私はそんな彼女の言動に発狂しそうなくらい腹がたっていたが、ここで自分も大きな声を出したり、怒鳴り返したらダメだ、 強くいなきゃ、となぜか冷静に思っていた自分がいた。
それから彼女は、「攻撃的な言い方をして悪かった」と謝ってきた。でも言い方は "I apologize you"というような型どおりのもの。 そしてこう続けた。「とっても急いでいたし、私はとっても強い人間なの。アナタみたいにご主人に頼りきって、弱い人間じゃないのよ」、と。
『はぁ?弱い人間って何??』さすがの私もカッときて、「あのですねー!、私は・・・」と言い返そうとすると、「だーかーらー、ごめんって言ってるじゃないのっ!」と私の話をさえぎる彼女。
く〜そ〜〜。
結局私は、警察がもうすぐ来ることと、彼女のことが信用できないから、もし事故の状況を紙に書いてサインをしてくれるのなら納得しましょう、ということを説明すると、最後はしぶしぶながら紙に書いてくれた。
それでも「そんなサインなんかしても意味なんかないのよっ」と怒鳴られはしたが。
書いたものを確認すると、私が駐車しようとしていた右側を確認しそびれたこと、という文がちゃんと書いてあったので、了承。
結局彼女はその紙にサインして、投げ捨てるように私に渡しながら "HAVE A NICE DAY!" とイヤミたらしく言い捨てて、警察が来る前に去ってしまった。
彼女が去った後すぐパトカーが到着したので、一応決着したことを説明して、それでも来てくれてありがとう、と帰ってもらい、レストランへ戻る時は、ひとまず終わったーーという安堵感と怒りでブルブル震えていたと思う。
幸いにも一部始終を見ていたレストランの定員さん達はとっても親切で、「大変だったわね」「冷たいお水飲む?」などと言ってくれたのだがーー。
帰りの車の中では、緊張がとれたのと、悔しさと、怒りが込み上げてきて、涙がどんどん出てきた。
幸せには暮らしていても、日本人の私にとっては、アメリカで暮らすと言うことはいつもなんらかの緊張を強いられているように思う。
もしかしたら、会議に出ているとき、レストランへ行ったとき、買い物へいったとき、いつも外国人として、アジア人として馬鹿にされることのないように、私の外見や英語のアクセントがマイナスになることのないように、自分の気づかないうちに鎧をまとっていたのかもしれないーー。
嫌なことをされたときも、差別してるの?と感じるときも、ことさら大きなことではないように、気づかないふりをしていたのかもしれないーー。
声を大にして自分の意見を言い、強い自分でいることを求められるアメリカ社会で、常に気を張って生きてきたのかもしれないーー。
もしかしたら本当の自分と、ここアメリカで社会人として、母として、妻として、求められている自分とのギャップが自分でも気が付かないうちに広がっていたのかもしれないーー。
そういった感情が今回の事をきっかけに、芋づる式のように蘇ってきて、自分ではコントロールできないくらい大声で泣いている私がいた。
タイミングも悪かったのだと思う。
ホリデーシーズンをジョナサンの家族と楽しく過ごしながらも、日本の家族を恋しく思ったり、日本のお正月を懐かしく思ったりしていて、ホームシックになっていたのかも。
とにかくその日は1日中、堰を切ったかのように色んな感情が押し寄せてきたーーー。
会社に帰って個室のドアを閉めて、泣きながらジョナサンに結果報告をすると、「よくがんばったね。今日はもう家に帰ってリラックスしなさい。カイは僕が迎えにいくし、事故の後処理も僕がする。ナオコはもう何の心配もしなくていいから」と彼。
言われたとおりに家に戻って、ベッドルームのふとんに潜りこんでびーびー泣いたら、真っ暗な中で少しは気分が落ち着いてきた。
その晩は状況を聞いたジョナママとジョナパパが電話をかけてきてくれて、「怪我がなくってよかった」「がんばったね」「we are proud of you!」と口々に慰めてくれた。
カイは私の涙を見ると、何度もすぐにティッシュを持って来てくれた。
それでも、私には支えてくれる家族がいるからーーー。
そう再認識した日だった。
1/7/2005

本文と関係なし
空を見上げるカイ