N's Little Happiness
++(26)Parmer laneの憂鬱++
カイのDrop off、ランチタイム、pick upと毎日まりちゃん宅にせっせと通う私。
毎日同じ道を行ったりきたり。 もう目をつぶってでもオフィスからまりちゃんちまでは行けるかも。
まりちゃん宅までのお決まりの道。ハイウェイを下りてアクセルロードを走るとほぼ100%赤信号にあたってしまう。アクセスロードとハイウェイを交差するように走ってるのがPermer lane。
そこで信号待ちをするほんの2,3分が私は毎日とーっても憂鬱だ。
実はそこのPermer lane、ハイウェイの真上を交差するために橋になっていて、雨よけや日よけにちょうどよいらしく、角に大手スーパーHEBがあったりして交通量はとっても多いからか、ホームレスに大人気の場所なのだ。
信号待ちの車を狙って、『Hungry. Anything will help』や 『Give me a job. I wlill do anything』なんて書いた看板を持った人達が毎日立ち並ぶ。 中には『Half blind』(半盲)や 『82years old WW2 vetran』なんて人て心が痛い。
その人たちを見るたびに、ホームレスをせざるを得ない状況にある人たちのバックグラウンドを想像したり、イラク戦争でバンバン使うお金はあるのに、福祉がちゃんとしていないアメリカに怒りを覚えたり、もう色んなことをぐちゃぐちゃ考えて憂鬱ーーーとなってしまう私。
ホームレスの中にはどうみても20代の健康そうな白人男性や白人女性のもいる。
そういう人たちにはどうしても怒りを感じてしまう私。 アメリカは高校までが義務教育。ただで高校までの教育が受けられるのだ。加えて働こうと思ったらどんな仕事でもあるじゃない。
どうして差別を受けるでもない健康な白人男女がホームレスをしないといけないのか。探そうと思えば仕事はあるはずなのに。つい「Lazy−−怠け者」という言葉を思い出してしまう。
『3 kids mom. Out of work. Gervement help is not enough』(3人の子供のママ。失業中。政府の援助では足らず)なんていう看板を持った私と同じ年くらいの女性もいる。
初めは同じ母として同情した。 でも3日続けて彼女が現れ、夕方の6時半になってもまだ道にたっているのを見ると「本当に母親なの?」と疑ってしまう。 母親なら子供はどうしてるのか。 1日中朝から晩までこうやって立って誰が子供の面倒をみているのか。
「私だったら道路にただ突っ立っているようなことはしないーーー」ついつい反論する気持ちも出てくる。
HEBの駐車場の中で1台5ドルの洗車でもいい、近所をまわって1回5ドルで芝刈りや掃除をしてもいい、とにかくなんでもいい。 子供のためだったらなんでもすればいい。 こうやって道端に1日中たっていてもなんの助けにもならないはずなのに。。。
そしてそういう風に人を疑ってかかったり、批判したりしてしまう自分も嫌になる。素直に同情することもできない。 もしかしたら私には想像も出来ないような人生を送っていて、20代の白人男性でもホームレスにならざるを得ない真っ当な理由があるかもしれないのに、そうは思えない自分がいるのだ。
時にはそんな現実をみたくなくて思いっきり無視する日もある。彼らとなるべく目を合わせないようにしてやりすごす。 それからそんな自分に自己嫌悪する。
こんなことも私を憂鬱にする原因のひとつ。
中には本当に同情すべき人もいる。
例えば82歳のおじいちゃん。本当にたまらない気持ちにさせられる。どうしても自分の祖父と比較してしまうのだ。
その年で暑いテキサスの夏はこたえると思う。 頼りになる家族はいないのか。 NPO団体でも政府でも助けてくれる人はいないのか。
ところで、私はホームレスの人にお金は絶対上げないと決めている。
アルコール中毒や麻薬中毒の人が中にはいっぱいいるのだ。 ご飯の足しになればと思ってあげた1ドルも缶ビールに消えてしまうこともちっとも不思議じゃないから。
雨の中立っている半盲の人に傘をあげたこともある。暑い夏に近くのハンバーガーショップで買ってランチと一緒に飲もうと思ったコークをおじいさんにあげたこともある。 りんごをあげたり、バナナをあげたり、その時偶然に手元にあって、支障がない場合は大抵あげることにしている。
でも私ができることって本当にたかが知れている。こんなことをしても何の助けにもなっていないかもしれない。
この人たちを前にどうすることが一番いいのかーー。
Permer laneで信号待ちをするたびに、あーでもない、こーでもないと考えて、今日も憂うつになる私であった。
花を買って気分を変えよう。最近は単色がお気に入り。
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